那須牧場のぜんぶ

いつもの“まいにち”の積み重ね。
それが、那須牧場のぜんぶです。

牛飼いをはじめて35年くらい。
いきなり親父が1頭の牛を買ってきて、牛飼い宣言をされた時は、泣いたらしい(母)です。
そんな母ですが、今では誰よりもあか牛への想いが一番強い存在に。

牧場の朝は、牛さんの餌やりからはじまります。朝と夕方の二回の餌やり、そのあいだに牛さんの体調管理を兼ねてみまわり。
牛たちは不調を口にすることができないので、一頭一頭、変化がないか、ていねいに確認してまわります。

ときには、脱走する子牛の捜索でてんやわんやのことだってあります。
牛さんたちの寝どこをきれいにして、肥料をつくり、畑を耕し、そうしているうちに、日が暮れて、おやすみの時間に。

那須牧場のまいにちには、特別なことが起こるわけではありません。まいにち牛さんと向き合って、まいにちを積み重ねて今がある。ただそれだけ。
だからこそ、牧場の “いつも”を、みなさんに知ってほしいのです。

  • 那須牧場のはじまりとこれまで

    那須牧場は、もともとスイカやメロンを中心につくっていた農家でした。若い頃から畜産に興味のあった親父の那須彰一(牧場の創始者)は、「いつかは牛を育てたい」と、ひっそりとその野望をあたためていたそうです。そんな時、主力の作物、スイカが連作障害でよくできなかった年がありました。

    「ピンチは、チャンス!」そう考えたのかはわかりませんが、その年には竹山だったところを刈り取り、はじめて牛さんを放ちます。那須牧場、牛飼いの歴史の第一歩です。最初は1頭(6頭だったという説もあり! 数ははっきりしていません)。それが昭和49年の話です。当時は牛さんの値段が安かったので、野菜を栽培しながら牛さんを育てる、農業と畜産を兼業していました。

  • 昭和55年には、あか牛の肥育農家として畜産に力を入れるように。地域の学校の建物を移築した初代の牛舎は、いまも現役です。黒毛和牛も育てていましたが(今も育てています)、特にあか牛には思い入れがあります。今のような熊本のあか牛ブームがくる、ずっと、ずっと前のこと。当時からあか牛の肥育農家にこだわっていた理由はとてもシンプルです。「あか牛がおいしいから」。

    霜降り至上主義が到来し、まわりの畜産農家も黒毛和牛にシフトするなか、那須牧場があか牛をずっと続けていたのは、単純にあか牛が好きだったからなのです。家の裏からはじまった畜産牧場ですが、その奥に、奥に、どんどん開拓して、平成24年には新しい牛小屋をつくりました。それから今の那須牧場のかたちとなり、牛さん中心の牧場の日々がつづいています。

牧場のひとびと

  • 那須家の次男坊
    那須 啄弥

    「自分で生産したものを自分で届けたい!」

    創始者の親父から引き継ぎ、代表となって奮闘中です。

    脱サラで30歳の時に就農したのですが、その決意を後押ししたのは20歳の時に世界的に問題になったBSE問題。その時に、初めてうちのあか牛のお肉を食べました。

    あか牛のお肉を食べた時の口の中に残る記憶。「このあか牛を、直接だれかに届けたい」という思いが芽生えました。それから。。。。

    実際にサラリーマンを辞めて牛飼いになったのは、10年目のこと。
    長いですよね。既に家族もいたので色んな事を悩みましたし、ビビる気持ちもありました。
    今はやってよかったと思っています!!

    牛飼いが直接、食べる人とつながるっていうのが、めっちゃ良い!!そして面白い!!
    そう思って、大変だけど今でも続けています。

  • 牧場創始者 代表の親父
    那須 彰一

    「自分が”おいしい”と思えるものをこれからも」

    うちの牧場の創始者で、僕の親父ですね。
    僕にバトンタッチした今も現役でバリバリ働いています。

    牧場を始めた当初は畜産の知識もなく、牛さんの体調管理も人に聞きながら、育て方も手探りで、試行錯誤の連続だったと聞きます。

    自宅裏の小さなスペースに、小学校の校舎を移築して牛小屋を建て、それから少しづつ、少しづつ牧場を広げてきました。

    今の趣味は野菜づくり。牛飼いもやりつつ、白菜、ほうれん草、スイートコーンなどを作って、物産館に出してます。

  • 創始者の妻
    那須 眞理子

    「希少なあか牛のおいしさを皆さんに伝えたい」

    いきなり親父が1頭の牛を買ってきて「あしたから牛飼いするけん」って宣言された時は、思わず号泣したとか。
    あまりにも突然の牛飼い宣言に「私はしらんよ!」って言い放ったものの、いつの間にか牛さんの虜に。

    BSE危機の時は、牛肉が凄い安値で取引されることから、生活がままならず、それなら自分達で直接売る!!という感じで、生肉を販売していたのを憶えています。

    それが、現在の那須牧場の直売スタイルの原型。

    そして、その時のお肉が僕が20歳の時に食べたあか牛のお肉。
    これがなかったら、僕は今、牛飼いをやってなかったと思います。

  • 牧場のホープ
    永田 龍伸

    「健康でいい牛を育てるべく、まだまだ修行中です!」

    令和3年4月から、那須牧場で働いてくれるようになった超新鋭!
    地元の農業大学に通っていた頃からアルバイトで牛さんの世話をしてくれていました。

    そんな彼が畜産業をめざすようになったのは、高校の時。
    「いいお肉をつくればお金になる、夢のある職業」と畜産業にロマンを感じてくれたそう。

    お母さん牛の妊娠から始まって、出産、そして、育てて、直接お肉を販売をするという、うちのスタイルに魅力を感じてくれて、働く場として選んでくれたのがとても嬉しい。
    今ではうちの牧場の種付けをすべて任せられる存在となり、牧場の主力メンバーになるべく、修行中です。